マジPEACE。

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若者が飲み会を嫌うのは、SNSコミュニケーション文化が原因?

私の感覚論にはなってくるが、近年、受容性が低い人間が増えている気がする。

 どういうことかというと、人の善意を素直に受け入れられないということだ。

 

心当たりはないだろうか?

・とくに理由はないのに善意を受けた

・無条件に与えられた

→裏があるんじゃないか?

→何かを返さなきゃ!

 

そう、何かを与えられたらすぐに返さなければならない、借りは返す必要がある、という観念に取り憑かれている気がする。

 

ということは、コミュニケーションの段階でギブアンドテイクを成り立たせなければいけないと前提で思ってしまっているのではないだろうか?

 

目次

 

SNSコミュニケーションに疲弊する若者

言わずもがなだが、スマホの登場でコミュニケーションの量が爆発的に増えた。

さらにSNSの登場で、コミュニケーションの質も変化した。

 

私たちは一瞬で不特定多数の人間にアクセスすることが可能になったのだ。

 

ここでポイントになるのが、「いいね」や「リツイート」

SNSの流行は、この「いいね文化」をもとにしたものといっても過言ではない。

 

コミュニケーションは「いいねをしたんだから、いいねを返せ」など、対価を求めることが一般化していった。

 

そして、「いいね」を欲するあまり、「インスタ映え」などの言葉が登場することになった。

 

つまり、SNSは承認欲求を満たすために有効な手段のひとつになったのだ。

 

しかし、そのためには工夫や人間関係の調整も必要だ。

そこで若者はコミュニケーションに疲弊するようになる。

 

対価ベースのコミュニケーションが根付く

上記の理由から、若者はコミュニケーションに対して、基本的にはギブアンドテイクがベースになってくる。

 

何かを与えたら何かを返さないといけない、承認欲求をみたすためには「いいね」をもらわなければいけない、と。

 

つまり、若者は常に対価ベースのコミュニケーションにさらされているのだ。

 

いままでの社会はどうだっただろうか?

 

Beer

飲みニケーションという文化

昔は会社の飲み会というのは、一般的だった。

若者がこないというのはありえなかっただろう。

 

会社ではできないコミュニケーション、上司と部下の緊張感の解けたつながり、意外な性格など、飲み会でわかることはたくさんあった。

 

そして、この飲みニケーションとは、上司や部下の承認欲求を満たす場でもあったのだ。

 

会社は、雇用維持のため、企業文化に慣れされるために、飲み会をすることを推奨した。

 

そして、今、若者は飲み会を敬遠する。

理由はまさに、コミュニケーションがひとつにある。

 

対価ベースのコミュニケーションが身につく若者は、飲み会をどう思うだろうか?

 

「うわー、また上司褒めないとだ。うわー、また役員に接待しないとだ。うわー、またつまらないお説教を聞かないとだ。もはやこれって仕事じゃん、金払ってんのに

 

そう、若者は、飲み会を思ってもないのに「いいね」や「リツイート」をしまくる必要がある場だと認識し、コミュニケーションコストの高さを感じてしまっているのだ。

 

(ちなみに、同期や仲間といく飲み会は、承認欲求ベースのコミュニケーションじゃないか、もしくはお互いにそれが得られるからいく)

 

若者が飲み会を嫌うのは承認欲求コミュニケーションの弊害?

 最初に言ったように、このことが弊害を引き起こしたのではないかと思う。

 

人の善意を素直に受け入れられない、素直な善意を与えられないようになってしまうのだ。

 

気のおけるコミュニケーション、世代をまたぐコミュニケーション、親密なコミュニケーションに変化をもたらしている。

 

他にも理由はいろいろとあるだろう。

 

しかし、若者が飲み会を嫌う背景のひとつは、このような思想が若者社会に根付いているからではないだろうか?

 

 

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